So-net無料ブログ作成

犬ヶ岳・下駒ヶ岳・白鳥山から日本海へ [登山報告]

木本桂春

日本海から北アルプス朝日岳へと通じる栂海新道上にある、今年の干支の山、犬ヶ岳と下駒ヶ岳をセットで登り、日本海へ下る。
     
12年前の戌年は家を出て上路・坂田峠より犬ヶ岳を10時間で往復できたが、それから体力は凋落するばかり、今回は白鳥小屋に泊まることにした。小屋は無人。衣食寝は全て自分持ち。それでも犬・駒へ行きたいというメンバーは7名に達した、久々に多くの人と出かける。

9月16日、坂田峠に駐車。工事中の山姥林道を歩き、登山道入り口、6時。山姥の洞から鼓の滝、ここで2日分の水を確保。鳥居杉から尾根上を経て、白鳥山山頂。
小屋に荷を置き、ヤッケ・セーター・ヘッドランプ・水・食糧・ツェルトの軽装で出発。

グラフィックス1.png
この登山道周辺は紅葉がはじまり中でも真紅の実を付けたナナカマドが映える。

グラフィックス2.png
順調に下駒ヶ岳

グラフィックス3.png         
オオカメノキの装いもいいね。

グラフィックス4.png          
アンモナイト化石の出た菊石山

グラフィックス5.png          
黄蓮山へのブナ林

グラフィックス6.png          
境川の源流、似虎谷の紅葉が犬ヶ岳に上り行く。

グラフィックス7.png          
13時過ぎ、犬ヶ岳。辺りは霧が行きかい、展望少なし。
          
グラフィックス8.png
犬ヶ岳直下の霞む栂海山荘

グラフィックス9.png          
復路のポイント、下駒ヶ岳の登りがつらい。17時着。18時、ヘッドランプを点け、漆黒の道を19時前に小屋着。歩行時間13時間。

グラフィックス10.png          
9月17日、白鳥小屋から妙高山方面の日の出

グラフィックス11.png          
朝焼けに浮かぶ白鳥小屋、6時発。

グラフィックス12.pngグラフィックス13.png          
今年は道際に茸が沢山出ている。色鮮やかな毒々しい茸
          
シキ割で水の補給、坂田峠へ、3名は車で親不知へ。

グラフィックス14.png
気持ちの良い山毛欅林の中を尻高山へ。石仏、山名標識、二等三角点。
          
ここから親不知へひたすら下る、途中で夏蝉が鳴く、汗、汗。

グラフィックス15.png
12時、国道8号線の起点着。
          
ここでエンドのはずだが、78老女は「この山から海へ達することがもう無いかもしれない、海まで行く」という。標高差80m、距離400m、整備されている急坂を日本海へ連行された。
グラフィックス16.png
岸壁に波が打ち寄せる。『日本アルプス―登山と探検』の著者ウォルター・ウエストンが明治27(1894)年アルプス山脈の起点となっているこの花崗岩の絶壁を訪れ、海から根続きの山脈を確認した。それから70年後の昭和40(1965)年頃、私たちは岩場にピトンを打ち込んで海抜0mからの岩登りトレーニングをしていた。
         
歩行時間累計19時間。老いざれ登山隊、4名完登。意思も体力も強靭なメンバーであった。
          
コメント(3) 

巾着田の彼岸花 [日々散策]

谷 和代

IMG_3864.JPG

9月23日、山仲間とハイキングと巾着田の彼岸花を見に行ってきました。

三連休の真ん中。しかも、天気予報は何とか今日が晴予報のためか電車は満員。狭い高麗駅は下車する人でホームは身動きができないほどの人であふれていました。私たちは帰りを心配しつつ、一つ先の武蔵横手駅で下車。

こちらも大勢の人でにぎわっていましたが、それぞれ準備をして、五常の滝を目指して出発。ところが、五常の滝は私有地とのことで、真新しい門扉があり、中に入ることができず見ることはできませんでした。

IMG_3849.JPG
日高市の独特な標識。

IMG_3850.JPG
物見山(375m)山頂は展望はありませんでした。

IMG_3851.JPG
物見山からは一旦、舗装路に出て再び登山道に入る。前日の雨で滑りやすい土と岩の道を日和田山山頂(305m)に着く。

狭い山頂は大勢の人でにぎわっていました。いよいよ、巾着田を目指して下山。

IMG_3852.JPG
女坂と男坂の合流地の鳥居から見える巾着田
周りの緑の木々の下に彼岸花が咲いています。
IMG_3854.JPG
男坂と女坂の合流点。
私たちは下りなので安全な女坂を下る。

IMG_3879.JPG
シロバナの彼岸花三兄弟です。

IMG_3877.JPG
巾着田からの日和田山です。

IMG_3859.JPG

コメント(0) 

藤野の峰山 [登山報告]

谷 和代

 9月13日、藤野の里山で、かっては燃料の宝庫であった峰山に行ってきました。
 暑さの残る登山道入り口にはヒル除けの薬剤が置かれていて、早速靴に吹き付けて登山道に入りました。

IMG_3839.JPG
山頂手前には「水神」、「雷神」、「風神」の3つの石塔があり、五穀豊穣を願って造立されたようです。

IMG_3841.JPG
真ん中のくぼんだ所が厳道峠、晴れていればその左に富士山が見え、大室山へと続きます。
峠の右の高い山が朝日山(赤鞍ケ岳)、道志の山々です。

IMG_3842.JPG

IMG_3840.JPG
山頂には古峯神社が建立され、祭神は日本武尊。開運、火防などの心願成就などの神と書かれていました。

 靴に吹きかけた薬剤が効かなかったのか、時々靴にとりついたヒルを落としたのに家に着いたら、一か所血を吸われていました。

コメント(1) 

雨、それもよかろう朝日岳 [登山報告]

木本桂春

今年の山行計画にと決めていたが、この夏の暑さには登行欲がわかない。涼しさの秋が来た、気力を呼び戻して、朝日岳に向かう。
3連休を避けて、1日前に出て、登頂後すぐに下ることにする。
 
雨の北又小屋を未明から歩き出す。辛いイブリ尾根を5合目へ。

グラフィックス1.png        
ナナカマドとオオカメノキの赤い実の秋。雨止み、雨具脱ぐ。
        
グラフィックス2.png
7合目付近に咲く、オニシオガマ
       
グラフィックス3.png
10合目・イブリ山から剱岳と毛勝三山。鞍部に見えるのは大日岳。右方向の越中駒ヶ岳は雲の中。

グラフィックス4.png
眼前に草紅葉の朝日岳

グラフィックス5.png        
夕日ヶ原のイワキキョウ

グラフィックス6.png
同じくミヤマリンドウ

グラフィックス7.png         
朝日小屋を通過して歩き始めて9時間頂上へ、雷鳥親子が4羽散歩で迎えてくれた。
         
グラフィックス8.png         
雷鳥の子です、親の3分の1ぐらい。


グラフィックス9.png        
頂上近傍の某所にある山友の墓に手を合せ、
「やっと来たよ」と語り合う。
    
グラフィックス10.png         
下山中に見た、夏の名残のハクサンフウロ
         
グラフィックス11.png
朝日平の木道と朝日小屋
小屋に泊、小屋で働く昔の山仲間と久々に湯のみ酒で山を語る。

グラフィックス12.png
翌朝、雨風の中を下山。今朝も雷鳥に出合う。
         
グラフィックス13.png
夕日ヶ原の濃いトリカブト
         
道はジャブジャブの川となり、急な箇所で恐れていたスリップ2度。いやというほど歩かされ、北又小屋へ。

低山徘徊を続ける老残に頑張りの残り火があった。

「廃用症候群」という言葉を知った。人間の身体的・精神的機能は使わなければどんどん衰えていく、その衰えは老いてはさらに加速され起こるという。山登りを続けようとするには、この「廃用症候群」と闘ってそれなりの体力維持が必要という。
納得のいくまで頑張りたいものだ。
コメント(4) 

駒ヶ根だより 2018-9-16 [山麓便り]

北村健治

9月もはや半ばになり、13~15日と駒ヶ根往復をした。
秋雨前線や台風の影響か、伊那谷もかなりの雨量があったようだ。
駒ヶ根の山家でも、クルミ、クリが落ち始めた。

13日は、早朝に青梅を出立、守屋山を往復。
09時には伊那市長谷公民館「戸台の化石」資料室に入室、まもなく作業協力者3名も到着。終日、今夏の採集試料の整理(データ化)、過去の採集試料の仕分け、番号ラベル張りなどを実施した。19:00退室。

14日午前中は、駒ヶ根山家で野良作業(根菜類手入れ、草刈りなど)。
午後は、伊那市長谷公民館「戸台の化石」資料室で、過去の採集試料の仕分け、作業室の片付けなど、17:30退室。

15日はほぼ終日雨降り。栗拾い、草刈りなど。
夜半には青梅に帰宅。

DSC02676編.JPG
山家に次々と咲く、四季咲きのヤマツツジ、右前方の宝剣岳は雲の中。

DSC02677編.JPG
雨降って一気に咲き始めたソバ

DSC02679編.JPG
カボチャのメバナ(雌花)

DSC02681編.JPG
色付き始めたコムラサキ

DSC02682編.JPG
(アカバナ)シダレモモの果実(香が強いが、食べると甘酸っぱい)

DSC02680編.JPG
土手に咲くユウガギク(代表的な白花のノギク)。



コメント(1) 

定点登山=守屋山 [登山報告]

北村健治

今年の奇数月の守屋山往復も、5回目になった。

9月13日は、早朝青梅を出立して、日の出IC-諏訪南ICの中央高速利用で信濃路へ、05時30分には国道20号線経由152号線の杖突峠に車を止めた。

05時55分、身支度をして歩き始めると、林道の側溝が雨水により1mも浸食されている。
DSC02675編.JPG
えぐられるように浸食された側溝。
これは、茅野・伊那市境界尾根一帯を大規模な太陽光発電所工事のため、広大なカラマツ林や広葉樹林を伐採した結果として、雨水が人工的に排水されていることによる、多量雨水のいたずらである。台風21号時の降水量がかなりの数値であったと思われる。

06時ころ、分杭平を通過、山道が雨で洗われ、草に残る雨水で、オーバーズボンも重くなった。
07時02分、守屋山東峰に登頂、ガスで視界が悪く、07時07分には下り始めた。

DSC02648編.JPG
ガスの東峰、霧雨状態である。

DSC02649編.JPG
東峰付近の蕾を付けたヤマラッキョウ

DSC02650編.JPG
ひっそりと花をつけたワレモコウ

DSC02653編.JPG
秋雨の水分をしっかりと受け止めて咲いたノコンギク

DSC02659編.JPG
登山道脇で、立派な花穂を伸ばすサラシナショウマ

DSC02664編.JPG
分杭平の沢沿いに群生するシラヤマギク


DSC02672編.JPG
作業林道沿いに、ふっくらとした果胞を付けて直立するウバユリ


帰路歩きながら、秋の花、夏の花後の姿などを観察しながら、08時には、杖突峠に下山した。

コメント(2) 

奥武蔵 丸山 [登山報告]

仲 徳治

奥武蔵 丸山 960m
平成30年9月8日 曇り
埼玉県横瀬町

北海道駒が中止になり空いたひにちを使って足馴らしをしてきました。
P1140133.JPG
芦ヶ久保駅前の案内看板
果樹公園村を通って丸山~大野峠~芦ヶ久保に帰るコースです。
西武線 芦ヶ久保下車 約4時間半

P1140149.JPG
対岸の山。左双子山、右武甲山。
雲が被さり頂上が隠れていました

コースには「猪、鹿の侵入防止の柵」があり、人が通ったら閉める様にと書いてあります。整備されたハイキング道ですが、熊に注意の標識もありました。

途中で、僕よりずーと高齢の登山者3人と出会いました。後ほど「駒ヶ岳ファンクラブ」のブログを見て下さいと話かけしました。

林道230.JPG
頂上まであと100mの所に舗装道路
汗を拭き拭き、熊よけの笛を吹いて登ったのは何だったのだろう。

丸山頂上250.JPG
丸山頂上
今日は曇天で展望はアウト。
晴れていると、北アルプス、八ヶ岳、中越山地も遠望出来るとか。
秩父山地は2億年前石灰岩体1億年前の付加体、2000万年前の海成層、200年前の河成段丘群等秩父盆地の地形、地質が同時に一望出来る。

パラ発進282.JPG
パラグライダーの発進場
白馬、箱根十国峠で見たが、ここが好環境? 小雨模様と追風で飛ばず。

山里302.JPG
昼下がりの山里
狭い日本はこの様な所が至る所にあります。地が動きません様に。

山肌336.JPG
これは人が引っ掻き傷ついた山肌。
コメント(0) 

チバニアン [日々散策]

谷 和代

猛暑の夏もどうにか落ち着いてきたようですね!
8月31日の暑いさなか、全く無知の私が単なる好奇心で、友人とチバニアンを見に行ってきました。

IMG_3780.JPG
五井駅から小港鉄道に乗り、上総牛久駅からトロッコ列車「里山トロッコ号」に乗り替えました。

IMG_3804.JPG
トロッコ列車車内はおしゃれです。

月崎駅で下車し、地層までは県道(通称「清澄養老ライン」)を歩いて約30分で田淵会館。そこから養老川沿いの地層までは500m。

IMG_3825.JPG
これが新聞で話題になったチバニアン
「白尾凝灰岩層(Byk-E)」:77万年前の長野県の古御岳火山の噴火の際に海に堆積した火山灰層で、その後隆起したもの。
最下部の赤の杭の部分が磁場が逆転していた時代の地層です。上部の緑の杭の部分が現在と同じ磁場の時代、黄色はその中間で磁場が不安定だった時代の地層。地球46億年の歴史の中で磁場(N極・S極)逆転が何度か起こっており、77万年前の最後の磁場逆転の痕跡はイタリアの2か所とここ養老川の3か所のみ。そしてここの地層にはっきりと残っていることから、中期更新世をチバニアン(チバの時代)と呼ぶことが決められたのでした。

IMG_3827.JPG

IMG_3818.JPG
簡単な説明書き

IMG_3830.JPG
五井駅近くの手彫りトンネルは将棋の駒の形のようでした。

駅を出てから、会った人は、駅前に一軒あったお店の人、チバニアン見学の7グループと月崎駅の駅員2人だけでした。


コメント(0) 

駒のつく神社を訪ねる(11)駒宮神社 [日々散策]

北村健治

 2017(H29)年11月、機会があって、久しぶりにあきる野市から桧原村を通って、都県境の甲武トンネルを抜け、長寿村で知られた棡原(椿)地区を経由し、鶴川から国道20号を西進、かなり紅葉した大月市猿橋から右に分かれて、国道139号を辿って旧七保村に入った。
 葛野川を左に右に、大島・葛野・田無瀬・下瀬戸・上平と北へ向い、瀬戸草木地区に入ると、駒宮入口の看板に気付いた。川向こう側の西向き斜面に見える数十軒の集落が駒宮地区である。
グラフィックス1.png

 駒ヶ岳学講座シリーズⅠ「改訂 全国の駒名の神社リスト」を開くと、山梨県の項に、12件の駒名の神社が紹介されている。その7)に、駒宮神社(大月市七保町駒宮)がある。
 さて、駒宮地区は桂川に北から合流する葛野川の左岸わずかに開けた斜面に数十軒が点在する小集落で、地区のほぼ中央部分の山側に西向きに春日神社が鎮座している。

グラフィックス2.png
駒宮地区の鎮守:春日神社鳥居

グラフィックス3.png
モダンな拝殿

グラフィックス4.png
立派な本殿が覆屋に守られている

 これが駒宮地区にある神社という意味で、いつの日かどなたかによって、駒宮神社と誤記されたものと思われる。折角訪ねたので、門前のお宅で訪ねてみたが、『駒宮神社』と呼んだことは「聞いたことがない」との返事であった。

 地区内には、将門の次男を祖先とするとの由緒ある酒井家でもお尋ねしてはみたが、裏山に富士浅間神社が祀られているが、その由来や駒宮の駒の由来は特に聞いたことがないとの話であった。この酒井家の屋敷からの富士山は素晴らしい眺めであった。

グラフィックス5.png
地区最上部に構える酒井家次男

グラフィックス7.png
酒井家屋敷の一角から、雪の富士山

 地区入り口の橋にも駒宮橋と名付けられているが、地区内に馬を引き入れるについて地区名から名付けられたとのことである。すると、駒宮の駒はいつからどんな意味で使われるようになったのかが不明である。


グラフィックス6.png
駒宮地区の全景(酒井家は左上)

 駒宮からの帰路、大月市駒橋地区を通った。後日、駒橋の地名も調べたが、一説には、東隣にある有名な猿橋の地名に対抗して、造語した地名との説明があった。  

コメント(0) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。